周辺地域について

 我孫子地区は、1940年(昭和15年)代後半に入り常磐線から手賀沼を望む高台にかけ住宅地が増えたものの、全体としては農業を中心とした田園風景が広がり、斜面林をはじめ手賀沼を取り巻く水辺の自然が身近にある緑豊かな地区であった。
 その環境に惹かれ、大正時代には白樺派の柳宗悦、志賀直哉や、新聞記者の杉村楚人冠をはじめ数多くの文化人がこの地区にくらし、今もその邸宅などが残されている。
その後、1970年(昭和45年)代後半に入ると、地区北側を中心に民間による大型宅地開発が進み、次第に農地や樹林地が宅地へと変わり、現在では市内で最も人口が多く、また広域交通の結節点でもあることから、市の中心地となっている。

我孫子駅南口

我孫子駅南口

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